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2018年3月13日 更新

“それぞれの場所で輝いてまた会おうね” ひたむきに音楽と向き合い続けた彼女が活動休止前に伝えたいこと。傳田真央『Eternal Best 2000-2018』インタビュー

5月で活動を休止する傳田真央が2018年3月14日にリリースするオールタイムベストアルバム『Eternal Best 2000-2018』。デビューから18年、自身を紆余曲折派だと語る彼女がたどり着いた境地とは。今まで語られることのなかった別名義での活動についても、このインタビューだけに語ってくれました。巻末の読者プレゼントもお見逃しなく。

TEXT:藤井美保 PHOTO:藤里一郎
5月で活動を休止する傳田真央のオールタイムベストアルバム『Eternal Best 2000-2018』。時間軸で並んだその歌声を聴けば、彼女がいかにひたむきに音楽と向き合い、悩み、格闘し、進化してきたかが手に取るようにわかる。初めて取材で会う傳田真央は、そのジャケット写真から感じた通りのとても正直な人だった。身をもって痛みを知らないと前に進めない、本人いわく「紆余曲折派(笑)」。同じ女性として楽しく深くシンクロするうち、あまり語られていなかった部分にもつい触れたくなった。一度会っただけでも「時が経ってもはなれていてもBest friend forever」と思える人。きっと誰もがそう思うはず。傳田さん、素敵な時間をありがとうございました。
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--- 今回のベスト盤は時系列になっているので、音でヒストリーを辿りつつ、いろいろな視点でうかがっていきたいと思います。まず、デビュー曲「耳もとにいるよ...〜Ring the bells〜」ですが、今聴くと少年のような声ですね。ご自身では、初期の一連の声をどう感じますか?

傳田 別人ですね。歌手になるという決意もまだ固まってないうちにワーッとデビューしてしまったので、何もわからず、ただ無心に無防備に歌っている感じ。「大丈夫かな、この子」となんかドキドキしてしまうので、自分ではあまり聴けないです(笑)。

--- お父さまがクラリネット奏者、お母さまがピアニストという音楽一家に育った傳田さんが、そもそもポップ・ミュージックの世界を目指すようになったのは?

傳田 両親の影響でずっと楽器を習ってきてたので、自然と音楽大学に進むことになったんですが、思えばそのせいで幼少期はあまり遊べなかったですね。学校が終わるとすぐ家に帰って、チェロの練習とソルフェージュ(音楽理論など基礎知識を学ぶこと)。母はピアノの先生でもあったので、同じ年頃の子や学校の友だちが家に習いに来てたんですが、一緒に遊ぶことはできず、その子たちが帰ってからピアノの練習をして夕飯、みたいな毎日でした。実は当時、音楽があまり楽しいこととは思えてなかったんです。

--- そうだったんですか!
傳田 でも、中学、高校と進むうちにいろんな友だちができますよね。いわゆる勉強ではない音楽に触れるようになった。そこでたちまち好きなロックスターができたんです。雑誌のインタビューとかから、その人がどんな洋楽を聴いてるのかを知って、徐々に自分の好きな音楽も広がっていきました。ラジカセでラジオやカセットを聴いて、一緒に口ずさんだりしてたのが、私の歌の道の始まりだったのかなと思います。

--- ロックスターがどなただったか聞いてもいいですか?

傳田 もちろんです。憧れのミュージシャンはいっぱいいるんですけど、当時のマイヒーローはSUGIZOさんでした。

--- そういえば、SUGIZOさんもバイオリンを弾きますもんね。

傳田 そうなんですよ。幼少期、クラシックを勉強する環境で育って、後にそれを自分の音楽に変えていった。そういう方たちにやっぱり影響を受けましたね。YOSHIKIさんや小室哲哉さんもそうです。あと、ラルクのhydeさんも好きで、いつもCDかけながら真似して歌ってました。

--- あとでまたゆっくり話しますが、今回のベストに入ってる「Like a Rockstar」を聴いたとき、そのへんの匂いをすごく感じてたんです。歌詞にデイヴ・ナヴァロが出てくるし(笑)。

傳田 バレちゃいましたね(笑)。実は若かりし頃の心のダークサイドみたいな部分を、ロックにすごく救われたってところがあって。とはいえ、デビューの頃は、ヒップホップ、R&B、クラブ系みたいなムーブメントもあったし、私自身そういうのも好きだったので、ある種流れに身を任せてというか、ま、とにかくそこで一生懸命輝こうとしてましたね。

--- その頃、制作に対する意識はどんな感じでしたか?

傳田 すべてが初めてだったので、最初のうちは何をするのも楽しいし、何にでもチャレンジしたいと無邪気に思ってたんですが、徐々に葛藤も生まれてきました。自分には子供の頃から身につけてきたものがあって、きっとそれを使えばもっといろんな表現ができるはずなのに、どうすればいいかがわからなくて。

--- 作る人としての欲が出てきたんですね。

傳田 デビューしたからにはひとりでも多くの人に聴いてもらいたい。そういう気持ちが芽生えたんですよね。それは、ひとりの部屋で自分が好きなようにめちゃめちゃな歌を歌うだけでよかった頃とは全然違う世界だった。つまり、誰かに聴かせる音楽を作る方法を学ばなきゃいけなくなったということですよね。
--- ちなみに、ひとりの部屋ではどんなめちゃめちゃな歌を歌ってたんでしょう?

傳田 両親のレッスン室の隣が子供部屋だったので、時々ふたりが奏でる音楽が聞こえてくるんです。それに合わせて即興ででたらめなメロディを作って絵本を読むみたいな遊びをしてました(笑)。

--- それって、トラックメイカーのサウンドに合わせてメロディを作るというのに似てますね。

傳田 そうですね! そういえば、高校生の頃、親に内緒で行ってた地元のクラブで、ラッパーの男の子から、「歌えるっていうなら歌ってみろ」みたいな感じでマイクが回ってきて、知らないトラックの上で何かカマす! みたいなこともやってましたね(笑)。あれは子供部屋の延長だったのかな。

--- そんな気がすごくします(笑)。

傳田 今思えば、当時流行ってたヒップホップ系の男っぽい1ループの上で歌いながら、「コード動かないなぁ。もっと女の子らしいのがいいんだけどな」なんて思ったのが、自分で曲を作るきっかけだったのかもしれません。
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--- ルーツが徐々に見えてきました。さて、ちょっと迷いつつうかがうのですが、傳田真央としての初期の数年間のあと、かなり長いお休み期間というか、別名義での活動がありましたよね。

傳田 今までMAO/d時代の話は封印してたんですけど…今日、解禁します!

--- 本当ですか? うれしいです。今の傳田真央に至る大事なプロセスのひとつだと思うので。

傳田 そう思ってくださってるファンの方は多いと思うし、私自身もやはりなくてはならない時代だったと思っているので、今回のベスト盤のDVDにはMAO/d名義の楽曲も入れてるんです。

--- 「VERY LOVE -0.5℃」と「水の祈り -JOY-」ですね。

傳田 はい。実は、デビューして最初に傳田真央として活動してた期間って短くて、1、2年なんですよ。一旦すべてやめて、インドに旅に出ちゃったりとか(笑)、いろいろ模索をしてました。

--- それはなぜだったんでしょうか?

傳田 決意とか修行時代もないままポンとデビューしてしまったので、それはとても恵まれていることだったんですけど、自分の気持ちが追いついてなかった。だから、追いつかせるための時間が必要だったんだな、と、今は思ってます。その時代は、私自身の希望もあって、かなり長いこと亀田誠治さんとタッグを組ませていただいてました。

--- MAO/dとしてミニアルバムが1枚出てますね。

傳田 作曲をするという部分において、かけがえのない勉強をさせてもらいましたね。といっても何か言葉で教わったわけじゃなくて、愛情を持って職人のような曲作りをなさる亀田さんの心のスタンスを見せていただいた。それが大きかったです。もちろん、曲作りにおける理論や具体的なスキルも、背中を見て学ばせていただきました。それまで私は、曲作りを感覚でしかやってなかったけど、実はポップ・ミュージックも、その昔クラシックで学んだ理論や歴史やいろんなものでできているということがわかったんです。音楽としてつきつめるべき奥をまざまざと見せられた思いでした。

--- 自分のなかでアソート(分割)していたクラシックとポップ・ミュージックが、統合された感覚でしたか?

傳田 そうですね。それまでは表面的に比べて、何ヶ月も練習が必要なクラシックは大変で、誰もがカラオケで歌えちゃうJ-POPはシンプルだと思ってました。でも、シンプルだからこそ、その5分間にどう洗練させていくかという難しさがある。そこに情熱を注いでいる人たちのスゴさがわかるようになりました。

--- いい時間だったんですね。

傳田 時代の流れもあったと思うんですけど、デビュー当時はどこに行っても「R&B系ディーバ」と呼ばれて、正直ちょっと辟易(へきえき)してたところがありました。さきほど話したように、私にはクラシックのルーツもあればロック好きの一面もある。「R&Bだけじゃない!」と反発するような思いが募っていったんです。だから、一旦リセットしようと思ったし、そここそを亀田さんに打破してもらいたくてMAO/dでの試行錯誤があった。そこでもまたたくさんの出会いがありました。

--- 2009年に再び傳田真央に戻ったのは?

傳田 MAO/dという別の視点を持ってさまざまな出会いをさせていただくなかで、「傳田真央のソウルな部分をもう一度聴いてみたい」という意見をいただくようになったんですね。「フェイクのこぶしが好き」とか「メロディに対しての歌詞のハマり方がR&B的で好き」と言ってくれる人も多かった。自分では抵抗があった部分をポジティブに好きと言ってくれるのが、なんだか不思議だったんですけど、新鮮でもあって。

--- 素直に受け止められるように?

傳田 そうなんです。それで、あらためてR&Bテイストのサウンドに臨んでみようと思いました。今度は自信を持って自分らしく歌える気がして、「Bitter Sweet」のタイミングで本名でもある傳田真央に戻したんです。

--- もしMAO/dの時代がなかったら?

傳田 今の傳田真央にはなれなかったなとつくづく思います。
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--- ところで、傳田さんのそのソウル・フィーリングはどうやってできたものなんでしょうか?

傳田 18、19歳の頃にアイドル的存在だったシンガーはいます。歌だけじゃなくて、ファッション・アイコンとしても憧れてたような。たとえばアリーヤとかブランディ。もちろんマライヤやジャネットも好きでよく歌ってました。誰かひとりではなく、本当にいろんな人たちに影響を受けてると思います。

--- 「Bitter Sweet」からは、ピアノ演奏やアレンジにもご自身が積極的に関わるようになっていきましたね。

傳田 復活してまず制作したのが、「Bitter Sweet」や「泣きたくなるけど」や「My Style」が入っている『I AM』というアルバム。このときはJeff Miyaharaさんとの出会いがあって、共作の妙という部分が強かったですね。ひとりで曲作りをする礎を築かせてもらった時期でした。

--- 歌詞の面では岩里祐穂さんとガッツリと。

傳田 20代後半になっていたということもあって、岩里さんからは大人の女性のラブソングをどう歌うべきかといったアドバイスをたくさんいただきました。この『I AM』があったからこそ、周りのスタッフが「次は思いきって自分のやりたいようにやってみたら」と言ってくれたんだと思うんです。

--- それがアルバム『恋愛中毒』ですね。

傳田 作詞、作曲、アレンジも自分で手がけて、傳田真央ワールドを炸裂させることができました。自分にとってターニング・ポイントとなった作品です。

--- あとでまたゆっくり話しますと予告した「Like a Rockstar」もこのアルバムに入ってますね。個人的にこの曲大好きです!

傳田 ありがとうございます! 実は活動を一旦リセットしたあと、内緒でロックバンドをやってたことがあって。

--- 噂ではうかがったことがあります(笑)。

傳田 名前も出さずに自分でライブハウスをブッキングして、好きな仲間と奏でるみたいな。そのバンドでやってた曲なんです。

--- そうなんですか! 驚きの真実がいっぱい(笑)。

傳田 いい意味で仕事と関係ないところで悪あがきをしてた時代の曲。忘れられない青春の1曲です。今回のベスト盤にはシングルやアルバムのリード曲が収められているんですけど、唯一この曲だけは違ってて、でも、ライブでは裏人気の曲なんですよ。

--- わかります。曲自体にもものすごくキュンとしますし、傳田さんの本質が出てるんじゃないかなと思ってました。

傳田 めちゃくちゃ気に入ってるんです。バンドマンに恋しちゃったみたいな歌なんですけど。

--- そこにシンクロしちゃいました(笑)。

傳田 私にとってもいろんな意味でリアルな曲です。
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--- ベスト盤の後半続く「一番好きな人」、「好きって言わない」、「セミダブル」、「Love for Sale」などは、まさに大人の女性のラブソングですね。迷ったり立ち止まったりするダメダメな日も真正面から綴られています。歌詞で大事にしてたことは?

傳田 それまではけっこういい子ちゃんの部分があったり、優等生でいたい自分がいたりしてたんですけど、大人になるとやっぱりきれいごとではすまされないことがいっぱい出てくるわけじゃないですか。人間関係でも恋愛でも。道端で「好き」と言ってはくっつき、「嫌い」とか言っては別れるみたいなサッパリとした関係だけじゃなくて、登場人物が多くなったり、どうしようもなくこじれてきたりもして。

--- そうですね。

傳田 私自身も大人になるにつれてある意味こだわりが強くなったのか、恋愛でも譲れないことが増えていったんですね。実際、きれいごとじゃすまされないことをリアルに体験してもいた。そこでの思いを作品にすることで、自分も救われたかったし、同じように傷ついたり、苦しんだりしながら輝こうと頑張ってる女友だちや仕事仲間を、少しでも和らいだ気持ちにさせてあげたかった。何か使命感みたいなものを感じつつ作品と向き合っていた気がしますね。

--- 女性リスナーから多くの反応があったんじゃないですか?

傳田 そうなんです。ちょうどTwitterを始めたりもして。

--- 時代ですね。

傳田 デビュー当時は、ファンの声が届くまで時差がありましたけど、Twitterだと「この曲のこの1行が好き」というふうにダイレクトに返ってくる。そういうリアリティのなかにポンと入れたのが新鮮でした。ブログでは自分から「みなさんの質問にお答えします」なんてこともやりましたね。でも、デンダリアンのみなさん、あまり私への興味がないみたいで(笑)。

--- えっ、どういうことですか?

傳田 私としては、「この曲はどうやってできたんですか?」とか「いつもメイクには何を使ってますか?」とかって聞かれるだろうと思ってたんです。ところが、蓋を開けてみたら、「今、恋愛でモメてるんですけど、真央ちゃんだったらどうしますか?」というふうに、みなさん自分のことを話すのに夢中で(笑)。

--- 完全に人生相談ですね。

傳田 そうなんです(笑)。「もっと私のこと聞いて」と思いつつ、そうやって話してくれることを愛しく感じてました。

--- 恋愛の「先輩」として話しやすかったんでしょうね。

傳田 自分のことをさらけ出してグサグサ切り込むダメな恋の歌もいっぱい書いてたので、そこに共感してもらえたのかなと。

--- きっと聴き手の心を開いたんですね。思わず「私も経験あります」と言いたくなっちゃうほどに。

傳田 すべてを持ってそうな完璧な人には相談しないですもんね。私くらいの感じがちょうどよかったのかなと(笑)。

---さらけ出してくれる人にはさらけ出したくなる。そんないい関係がリスナーと築けてたんじゃないでしょうか。私も「My Style」あたりからの後半のナンバーに相当浸りました。

傳田 うれしいです! ありがとうございます。
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--- ラストに収録されている新曲「Best Friend Forever」は、たった今の心境かなと想像しつつ、とても温かい気持ちで聴くことができました。

傳田 私、アコースティック・ライブをちょこちょこやらせてもらってたんですね。そんな中ふと、「来週のライブで新曲歌いたいな」と思って、来てくださるお客さんに伝えたい気持ちを、本当にナチュラルに綴っていきました。ずっと恋愛の曲にこだわってきた私としては珍しいタイプの曲。でも、ベスト盤のリリースが決まったとき、スタッフも私も「新曲入れるならコレだね」と即一致しました。ライブでも歌いながら、制作で歌詞をブラッシュアップして、Dメロや転調も加わったりして最終形になっていきました。

--- ライブとともに育ってきた曲なんですね。「歌いたい。聴かせたい」というナチュラルな気持ちにこちらも包まれます。

傳田 これまでは、使命感に燃え、責任も感じながら、戦いのように曲作りをしてたところがあったんですけど、「Best Friend Forever」では、ただただ歌いたい曲をシンプルに作ったという感じでした。歌詞も尖ってないですね。尖ってるときって自分の身を守ろうと構えてしまうところがあるけど、これはもう本当にスルリと書けました。

--- 「Now that I'm standing on my own」という最後の1行に、友に感謝しながらまた新たな旅に出る姿が感じられました。

傳田 デビューしたときは20歳。ファンのみなさんと本当に一緒に歳を重ねてきたなと実感してます。大人になるにしたがってそれぞれの人生が忙しくなったけど、みんな自分の場所で頑張って、輝いて、だからこそ、久しぶりに会ったときに、今まで以上につながりを感じられたりすると思うんですね。それって若い頃にはわからなかった感覚だなと。

--- そうですね。

傳田 ひと区切りとなるこのベスト盤を出す機会に、ひとりの女性として人生というものを考えたときに、やっぱりみんなとは「それぞれの場所で輝いてまた会おうね」と言える強さを持った友だち同士でいたいなと思いました。ラブソングといえば「いつも一緒だからね」みたいなものが多いし、自分もそういう歌をいっぱい歌ってきたんですけど、「Best Friend Forever」では、「たとえ一緒にいなくても絆は変わらない」という愛の深さを歌いたかったんです。

--- 歌詞にあるように「人生の砂時計」はこぼれていくけれど、頑張って生きていれば、またいつか会えますもんね。

傳田 このベスト盤のリリース情報が出てから、しばらくお会いしてなかったミュージシャンの方や昔お世話になったスタッフさんからたくさん連絡をいただき、すごくうれしかったんですね。歌ってきたことによってこんなにも絆が生まれてたんだなと思い、あらためて感謝の気持ちがあふれました。

傳田真央 / Best Friend Forever

--- 4月、5月と東名阪で“傳田真央Eternal Voice Tour 2018”も行われます。『Eternal Voice』は1stアルバムのタイトルでもありますよね?

傳田 はい。本当にたくさんのみなさんが1stアルバムを聴き続けてくださっているんですが、そのリリース時にはワンマンライブをやってないんですね。なので、18年かかってしまったんですが、ぜひ今回ツアーを実現させたいなと。デビューから応援してくだっさったみなさんと、このベスト盤を軸にヒストリーを振り返りながら、楽しく盛り上がれたらうれしいです。
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